母の日にまつわるエピソード:まだ書きかけです(汗)

大切なお母さんに感謝を込める「母の日」、いろんなエピソードをご紹介します。

イベントにはハプニングがつきもの、母の日だって例外ではありません。時には笑え、時にしんみりするようなエピソードがあります。
スベってしまったサプライズからほっこりするような、母の日に贈っただけでなく、自分が中には母として受けた物語まで、皆さんの様々なエピソードをご紹介します。

【エピソード1】せっかくのサプライズだったのに…

「たまには母の日にサプライズなプレゼントをしよう!」と思った私。奮発して汐留にある高級焼き肉店で祝うことに。

まだ給料も多くないので懐には厳しかったのですが、絶対喜んでくれるだろうとワクワクしながらお母さんを連れて行ったんです。
母は確かにそのサプライズに喜んでくれたのですが、気のせいか普段喜んでいる時と違ってどこか不自然、と言うか喜び方がぎこちない。
そんな違和感を感じてモニョっとした私が食事を終えた時に聞いてみたところ、観念した母の一言

「実はこの店、会社の忘年会で何回か来たことがあるのよ…」


あの時ほど自分の勘の鋭さを呪ったことはなかったです…
違和感に気づかないくらいに鈍感だったら良かったのに( ノД`)
満を持したサプライズもスベってしまった私。次の年からは大人しく普通にプレゼントを渡すか、店に連れて行くときには先に何を食べたいか聞くことにしました。
 

【エピソード2】成功したサプライズ。成功は私の母だけでなく…

母の日で何といっても忘れられない思い出があります。それは家族で温泉旅館へ行ったある年のこと。
「2か月先まで予約が取れないという箱根の超老舗旅館に母を連れていこう」というサプライズを思い立った父や私たちは、半年前にその旅館に予約を入れ、あわせて母の日にふさわしい特別な演出を依頼することにしました。それは、
カーネーションがふんだんに詰まった花束を贈ること。
日ごろの感謝の気持ちを込めて、家族で母に内緒にしながら着々と用意していたのです。
喜ぶ母を見ながら、改めて家族の絆を実感しました。
旅館の女将も感心してもらい、こちらの旅館では現在、母の日に合わせてこうしたプランをオプションで用意しているそうです。
この追加されたプランで、私の母のような感動を他のお母さんも味わってくれていたら嬉しいです。
老舗旅館をも動かしたサプライズ!こういった何気ない気遣いこそが「おもてなし」の真髄かもしれませんね。続いて胸がスッとなるエピソードを

【エピソード3】本当に欲しかったもの

実は私、昔から母の日がとても億劫でした。
小さな頃から母が喜ぶものを贈りたくて、母の日が近くなると欲しいものを聞くのですが、帰ってくる答えは決まって「現金」か「家」。
夢も何もないし、子供の私にはどうしようもないシロモノをリクエストをされる始末。しかも毎年毎年「何が欲しい?」「家かお金♡」、もうテンプレートのやり取りになってしまっていました。
それでも何か母への労いはしたいので、毎年感謝の手紙と贈り物を欠かすことはないものの、本当に欲しいものが分からず心の底から喜べる贈り物をプレゼントできているのか分からない不安から、母の日が近づくと気が重かったのです。
やがて年月が経ち、子供を授かった私も「母」という立場に立ったある母の日のこと。
子供たちからのプレゼントをもらった私ですが、私にとっても母の日は母の日。毎年のように悩みながらも、小さな贈り物と手紙を用意しました。受け取った母(子供たちにとっては祖母ですね)はとても喜んでくれました。
母は手紙を読んだあと、小物入れを持ち出してきて、その中に大切そうに手紙を入れました。
その小物入れは私も初めて見るものだったので、「何それ、何が入ってるの?」と聞くと、少し照れながら母が取り出したのは手紙の束。何と、すべて私と妹が毎年母の日に贈っていた手紙だったのです!
照れ屋だった母は、娘たちから手紙をもらえること以上に欲しいものなんて無く、「お金や家」と言ってたのは私たちに無理をさせないための気遣いだったのです。
そのことを知った私は、それまで半ば嫌々にプレゼントを贈ったことを後悔し、今では子ども達とワクワクしながらプレゼントを選んでいます。
長年のわだかまりが溶けた時には「あの時こんな誤解をしていなければ」と後悔しますよね。でもお母さんの本当の気持ちが伝わって何よりでした!

【エピソード4】「この肉そぼろ、美味しいね」母よ、それは…

よく漫画で「可愛い豚ですね♪」「それ犬を描いたんだけど( ノД`)シクシク」なんてシーンがありますが、リアルでそんな体験をした人はあまり多くないでしょう。
私たち姉妹は、そんな「あまり多くない人」の2人。
それはまだ子供の頃、母の日に妹と一緒に料理を作った時のことです。
当時料理の知識なんて全く無かった私達姉妹。それでも母に一日でも家事の負担を減らそうと夕食を作ろうと思い立ちました。
挑戦したのはハンバーグ。しかし料理の知識もない私たちにとってハンバーグはハードルが高すぎ…仕上がりは酷いもの。火加減ができずに表面は丸焦げ、さらにはひっくり返す時に崩れてボロボロになってしまいました。
しかし、母はそんな私達の料理を笑って食べてくれました。母の優しさに感動している中、完食した母が笑顔で一言
「今まで食べた肉そぼろの中で一番美味しかったよ」
まさか「それ、ハンバーグのつもりなんだけど…」なんて言える訳もなく、ちゃんとした料理を作れるように頑張ろうと私達姉妹が決意した母の日の出来事でした。
頑張って作った娘さんの料理が嬉しくないお母さんがいる訳がないです!でも確かに崩れてボロボロになったらそぼろにしか見えないですね(汗

【エピソード5】シャネル

「母の日のプレゼントに、ちょっと良いものをあげたい!」と思った私。
元々ブランドに興味が無い母だったので、ブランド物のプレゼントはちょっとハードルが高いかな?とも思ったのですが、無難というか知名度も高いシャネルだったら母でも分かるだろうと考えました。
そこでシャネルのスカーフでも特におしゃれなもの(一枚するだけでもカッコいいと思えるもの)をチョイスしてプレゼント!
「嬉しい!」と言ってくれた母でしたが、そのあと衝撃の一言が!
ブランドのロゴが入ったラッピングを見てもピンとこないうえ、「CHANEL」が読めなかった母、

「チャンネルって言うの?これ。なかなかオシャレじゃない!」

と、とても上機嫌!
私は笑顔で応えながらも、「それ、シャネルなんだけど…」と母に聞こえないよう心の中で呟きました。
可愛いお母さんですね!素朴さも伝わってきます!続いて私が一番胸を打たれたエピソードを

【エピソード6】最高のプレゼント

私は小学生の男の子を育てている主婦です。
息子は4歳くらいのときから、幼稚園で教わったのか母の日にプレゼントをしてくれるようになりました。
はじめは絵や折り紙などの工作でしたが、近頃は〇〇券という、いざという時に使える手書きの券をくれます。例えば「笑わせてあげる券」、「足の裏踏んであげる券」(マッサージをしてくれます)、「すぐ起きる、すぐ寝る券」など毎年色んな工夫をこらしてユニークなものをくれます。その中で、私にとって忘れられないプレゼントとなったのが「笑わせてあげる券」です。
実は息子が6歳のとき、夫の浮気とお金使いの荒さで毎日夫婦喧嘩ばかりしていました。もちろん息子の前では弱い姿は見せないようにしていたのですが、毎晩息子が寝た後は思い悩み、泣いてばかりいました。
ある夜、いつものように旦那の悪態に悔し泣きしていたとき、突然息子が起きてきたのです。そして
「ママ!お母さんの日じゃないけどこれ!」と差し出してくれたのは、さっき書いたような字でチラシの裏に書かれた「笑わせてあげる券」。驚いて息子を見ると、息子はわたしのサングラスをもってきて、ピコ太郎さんのPPAPを踊り出しました。思わず吹き出してしまったわたしをみて息子は、とても嬉しそうな顔をして抱きついてきました。「まま、いつも泣いてるからこの券ちゃんと使わなきゃ。今日はとくべつ!」そう言ってニコニコ笑う息子。隠していたつもりだったのですが、彼はわたしが泣いていることを知っていたのです。自分の情けなさより、息子の思いに涙が溢れてきてわんわん泣いてしまいました。
そのことがあってから、息子のことを思い何とか旦那との関係を再構築しようと歩み寄った結果、夫との関係も冷え込む前よりも円満な関係を築けるようになりました。今でも、というよりいつまでも忘れられないプレゼントでした。
「子は親の鎹(かすがい)」ですね!プレゼントするエピソードも様々ですが、してもらうエピソード、しかもこんな素敵なのは大好きです!
 
エピソード8
母のごろ寝シート  母の日のプレゼントとして、好評だったのが「お母さん専用」と大きく書かれたい草のごろ寝シートでした。実家にはソファーがあるのですが、お父さんが座ったり孫が座ったりでお母さんはなかなかソファーに座れなかったのでいつも、床の上でごろ寝していたので、この商品を見つけたときはすごい最適!と感激しました。案の定母もとっても喜んでくれ実家に遊びに行くと晩御飯のあとのリラックスタイムにごろ寝シートを嬉しそうに床にひいてその上で寝ていました。とても嬉しかったです。
父の日と母の日 私の家では父の日も母の日も何かを送ったりとか、特別なことはしません。 兄弟も3人いるのですが、誰もほとんど何もしないです。 ただ、一度だけ兄弟3人で話し合い、 父の日と母の日とまとめて、 2人に旅行をプレゼントすることになりました。 もちろん、自分達も一緒に行くというプランで。 旅行に行くというプランを立てたのはいいのですが、 予定が合わず中々日にちは決められず、 場所も決められず、 喧嘩が始まり、中々計画を進められなかったり、大変でした。 折角の両親へのプレゼントなのに 自分達が揉めるとは。 最終的には、一泊の近場の温泉に両親だけで行くこととなりました。 大人になってからの、 家族旅行は中々難しいもんです。
 
エピソード7
 
 
20数年会社員をして購入資金を貯蓄し、自分で物件を探し引っ越したマンションから、実家に住む母に花を贈りました。実家は山間部にあり宅配便が時間が掛かる場所なので、母の日のその日のうちに届けば良い方なのですが、比較的早い時間に到着したのでホッとしました。これでようやく自立でき母の日に花を贈ることができて私自身も今まで会社員生活で苦労したことを思い出し感慨深くなりました。自分の家を持ったことで、これからもっと親孝行できると思える様になりました。
 
 
母の日、当時母がハマっていたドラマ「花より男子」のマンガ本をプレゼントしました。そうすると母は、「そんなの欲しくない。要らないって!」と、呆れた顔で受け取り拒否。ショックを受けている私に、「もう!そんなの欲しいなんて言ってないし!いくらしたの?いくら払えばいいの?」と更に腹が立つような事を腹が立つような言い方で言ってきました。マンガ本は即古本屋へ売りました。その日以来、母には一切プレゼントはあげないことに決めました。
まだ小学生のころ お小遣いも貰う金額が少なく そんな中 母の日が近づき何を贈ろうかと悩んでた時 2つ上の兄が一緒にプレゼントを決めて2人からってことで贈ろうと提案があった為 お金も無いし 即答でOKを出しました。その後 何贈ろうかと相談し結果花を贈る事に。値段的に1000円くらいしたでしょうか。この花を買おうと決めて いざ買いに行ったのですが 兄と二人からのプレゼントなのに関わらず出費が多かったのは私の方だった事に気付きました。気づいたのは その日から数年後 計算が出来るようになった時でした(笑)まぁ 母には喜んで貰えたのでよかったけど…ちゃんと割り勘にして欲しかった…と家族間の笑い話のネタにしています(笑)
私が子供が生まれた記念に作ったネームインポエム。それを見た父が「それいいなぁ」とボソッとつぶやきました。どちらかというと実用的な物以外にはあまり興味がない人なので驚きましたが、せっかくなので妹と相談して父のネームインポエムを贈りました。あえて私達も中身は確認せず、開ける時の楽しみにしました。そしていよいよ父に渡し、ラッピングを解いて出たきたポエムを見た父は「おぉ」と声を上げるまではいかなくても驚いたくれたのはわかりました。父の名前をうまく入れた感謝とこれからを願うポエムに私達も感動しました。父も喜んでくれて今でもリビングに飾ってくれています。
【父の日に喜んでくれたもの】毎年父の日には、洋服や帽子、干物や血圧計といったさまざまな物をプレゼントしてきました。しかし昔ながらの典型的な頑固親父の父は、何を送っても母を通じてお礼を伝えるだけ。実家は出ているので、実際に使ってくれている姿をみたこともなく、直接お礼の言葉を言われたこともなく、私はあまり父の日に良い思い出はありませんでした。以前は何を喜んでくれるかじっくり考えてプレゼントを選んでいましたが、最近は適当に目についたものを選ぶようになっていました。しかし、去年の父の日には信じられない出来事が起こったんです。いつものように父の日のプレゼントを郵送しようとしたとき、3歳の娘が「じいじ」の似顔絵をかいた紙を持ってきたんです。私はついでだから、と深く考えずに似顔絵を同封しました。すると父の日当日、あんなに反応のなかった父から電話がかかってきたんです!たった一言、「似顔絵ありがとう。上手やな。」と。それだけでも私の心は満たされました。頑固親父も孫には弱い、そう思ったエピソードでした。
私は三姉妹の末っ子で、姉達に比べて自由奔放に日々暮らしていました。大学も私立短大に通わせてもらい、地元で就職してほしいという両親の希望とは真逆で、地元から離れた所に就職しました。母は心配性で仕事が深夜までかかると何度も何度も着信がありました。私は次第にそんな母を鬱陶しくなり、あまり連絡せず、帰省もせず、距離を置くようになりました。地元を離れて5年後、今の主人と結婚し子どもを授かりました。自分自身が親になってみて、両親の温かさや子どもに対しての気持ちが分かり、その年の母の日に初めてカーネーションと料理好きの母へエプロンのプレゼントをしました。今では子育てのこと、家庭のこと、何でも相談できる一番の理解者になりました。
子供の頃母の日に渡したカーネーションを姉妹であげたそれは、少ないおこずかいで貯めて二人で出し合いたった一つの花を私母は泣きながら喜んでました。一輪の花を花瓶に飾ってくれたお母さん。手料理をごちそうしてくれて料理もお手伝いをした笑顔あふれる思い出は数年後離れ離れになってしまった母に今年も同じくカーネーションとプレゼントを買ってあげようと思います。父の日は梅雨の時期に一緒に河原へ行き釣りを教えてもらい帰宅後お母さんに教えてもらった手料理をプレゼントしてあげ肩もみも一緒にしてあげた思い出エピソードです。